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プロ野球ベストナイン

【阪神タイガース】プロ野球各球団歴代ベストナイン選んでみた

長い歴史を持つプロ野球ですが、その歴史の分だけ、各球団にも歴史があります。

長い歴史の中で様々な名プレーヤーが誕生してきたプロ野球界なので、是非その選手とチームの偉大な歴史にもう一度スポットライトを当てていきたいということでこの記事を書いてみました。

題して、「プロ野球各球団歴代ベストナイン編!!」

ということで今回は、阪神タイガースの歴代ベストナイン(じょへー独自)を紹介していきます。

歴代ベストナインとなるとやはり長いプロ野球の歴史から選んでいくことにはなりますが、1999年に本格的に野球を見始めたじょへーからするとそれより遥かに前の選手というのは当時はインターネットもありませんでしたからレジェンド選手の特集本などでその成績、文章、写真から伝わる想像でその選手を解釈していた部分もあるので、最終的にはじょへーテイストになっているのは間違いないでしょう。

阪神タイガース歴代ベストナインはこれだ!

【先発投手】

江夏豊(阪神タイガース→南海ホークス→広島東洋カープ→日本ハムファイターズ→西武ライオンズ)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20190204-11

日本時代キャリアハイ:1968年 49登板25勝12敗 329.0回 防御率2.13 401奪三振 WHIP0.90 完投26 完封8

通算成績(NPB): 829試合206勝158敗193セーブ 3196.0回 防御率2.49 2987奪三振 WHIP1.03(1967年〜1984年 実働18年)

江夏が引退する頃でさえ私じょへーは生まれていませんでしたが、僅かな映像(晩年のリリーフ時代)やプロ野球雑誌を見てその凄さを知りました。

阪神の先発投手というと、古くは小山正明、村山実、近年では井川慶、藪恵壹など素晴らしい投手もいるのですが、やはりNPB記録のシーズン三振数を記録し、通算193セーブを挙げた当時のリリーフの革命時であったことが選出の理由です。

南海へ移籍したのちに、怪我の関係で当時監督であった野村克也監督から説得されリリーフへ転向したそうですが、当時の時代の投手のイニング数を見ていただくとわかる通り先発完投が当たり前の時代でした。

そうした中で、球威が衰えても素晴らしい投球術で「優勝請負人」と言われた江夏豊は永遠に語り継がれることでしょう。

【中継ぎ】

久保田智之(阪神タイガース)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=001-20190520-38

キャリアハイ:2007年 90登板9勝3敗46ホールド 108.0イニング  防御率1.75 101奪三振 WHIP1.19 ※シーズン登板数はNPB最多

通算成績(NPB): 444試合41勝34敗47セーブ117ホールド 612.01回 防御率3.16 612奪三振 WHIP1.31 (2003年〜2013年 実働11年)

テレビを付けるととにかく久保田智之がいない日はない、というほどとにかく投げて投げて投げまくった中継ぎ投手です。

シーズン90試合登板は2021年現在もNPB記録で、近年は登板過多などに対しては厳しい声が上がる風潮があるため、久保田の記録を抜く投手が出る可能性は低いかもしれません。

当時監督であった岡田彰布は「投げさせないと不機嫌になる」という言葉も残っており、力強いストレートはもちろん、身体の強い投手という印象が今も私の心に残っています。

【抑え】

藤川球児(阪神タイガース→カブス→レンジャーズ→高知ファイティングドッグス→阪神タイガース)

引用元:https://number.bunshun.jp/articles/-/846233

キャリアハイ:2007年 71登板5勝5敗46セーブ6ホールド 83.0回 防御率1.63 115奪三振 WHIP0.83

通算成績(NPB): 782試合60勝38敗243セーブ163ホールド 935.1回     防御率2.08 1220奪三振 WHIP1.04 (2000年〜2012年,2016年〜2020年 実働17年 ※在籍18年)

通算成績(MLB): 29試合1勝1敗2セーブ1ホールド 26.2回 防御率5.74 32奪三振 WHIP1.46 (2013年〜2015年 実働3年)

「火の玉ストレート」の代名詞で通算243セーブ、163ホールドを挙げた藤川球児。

ストレートはホームベース上に届く際には物理上落下しているのですが、藤川のストレートは打者からみるとホップしているように見える為、火の玉ストレートと呼ばれました。

MLB球団へ移籍した頃に怪我も重なり活躍はなりませんでしたが、独立リーグの高知ファイティングドッグスを経て阪神タイガースで見事に復活した姿はファンも驚いたことでしょう。

近年では150キロ以上は珍しくなく、160キロを投げる投手も増えてきている中ですが、巨人に在籍した江川卓同様、急速表示だけではない、ストレートの質は永遠に野球ファンに語り継がれていくことでしょう。

【捕手】

矢野輝弘(中日ドラゴンズ→阪神タイガース)※現在登録上は矢野燿大

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=002-20190527-43

キャリアハイ:2003年 126試合433打数142安打 打率.328 本塁打14  打点79 出塁率.392 長打率.506 OPS.897

通算成績(NPB):1669試合4921打数1347安打 打率.274 本塁打112 打点570(1991年〜2010年 実働20年)

2003年、2005年と阪神タイガース優勝時の正捕手矢野輝弘。

近年のプロ野球、阪神タイガースをみていてもやはり矢野ほど打てる捕手というのは本当に貴重な存在だったということを感じさせられます。

通算打率も.274と捕手として非常に高い水準であり、捕手としてもその経験が評価され2008年の北京五輪の日本代表に選出されるなど、球界を代表する捕手と言えるでしょう。

【一塁手】

ランディ・バース(ツインズ→ロイヤルズ→エクスポズ→パドレス→レンジャーズ→阪神タイガース)

引用元:https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/npb/2020/11/18/___split_221/

キャリアハイ:1986年 126試合453打数176安打 打率.389 本塁打47   打点109 四球82 敬遠8 出塁率.481 長打率.777 OPS1.258

通算成績(NPB):613試合 2208打数743安打 打率.337 本塁打202 打点186(1983年〜1988年 実働6年)

通算成績(MLB):130試合 325打数69安打 打率.212 本塁打9 打点42(1977年〜1982年 実働6年)

1985年にバース、掛布、岡田で甲子園球場で巨人槙原寛己からバックスクリーン3連発を放ち、その映像は現代でも見かけることがありますね。

在籍は僅か6年でしたが、不振で退団したのではなくあくまでも家族事情ということもあり、それらの問題がなければ更なる成績は残っていたでしょうし、阪神の暗黒期が訪れるのももう少し遅かったかもしれません。

特に1985年は2021年現在もNPB記録となっているシーズン打率.389に三冠王獲得、1986年も三冠王を獲得するなどまさに敵なしの状態でした。

バースの退団後に阪神タイガースが新外国人助っ人を春のキャンプやオープン戦で少し活躍するとデイリーや各関西方面のメディアは「バースの再来」という言葉を使うことが風物詩となっています。

しかし、バースを超えるような選手は未だに現れておらずそのバースの凄さがいつまでも「バースの再来」という言葉が今も尚残っている理由の一つではないでしょうか。

【二塁手】

岡田彰布(阪神タイガース→オリックスブルーウェーブ)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20181026-11

キャリアハイ:1985年 127試合459打数157安打 打率.342 本塁打35  打点101 出塁率.421 長打率.636 OPS1.057

通算成績(NPB):1639試合5496打数1520安打 打率.277 本塁打247 打点836(1980年〜1995年 実働16年)

阪神のレギュラー二塁手として通算247本塁打を放った岡田彰布。

監督としても選手としてもその発言からは「岡田にしかない野球観」がファンを魅了します。

1985年の優勝メンバーとして先述のバックスクリーン3連発の最後の打者として本塁打を放つなど、今も尚、選手時代の映像を全国の野球ファンは目にすることが多いのではないでしょうか。

特にキャリアハイとなる1985年は打率は脅威の.342、本塁打35と打ちに打ちまくったシーズンとなりました。

【三塁手】

掛布雅之(阪神タイガース)

引用元:https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/10/21/gazo/G20151021011359690.html

キャリアハイ:1979年 122試合468打数153安打 打率.327 本塁打48   打点95 得点107 塁打323 出塁率.398 長打率.690 OPS1.088

通算成績(NPB):1625試合 5673打数1656安打 打率.292 本塁打349   打点1019 (1974年〜1988年 実働15年)

浜風が吹く甲子園において左打者は有利と言われている中で長距離打者としてチームを牽引してきたミスタータイガースの一人、掛布雅之。

キャリアハイでは48本の本塁打を記録しており、名実共に当時のスター選手でした。

怪我や不振に悩んだ晩年だけが非常に惜しく、33歳の若さで引退してしまいました。

プロ野球の世界に「たら・れば」を言い出すとキリがないのですが、そんな「たら・れば」を2000本安打という一つの節目達成に絡めて話をしたくなってしまう選手の一人です。

しかし、阪神タイガースの一つの歴史を作った選手としてその名はこれからも語り継がれていくことでしょう。

【遊撃手】

鳥谷敬(阪神タイガース→千葉ロッテマリーンズ

引用元:https://www.jiji.com/jc/d4?p=trn001-jpp10800384&d=d4_tt

キャリアハイ:2010年 144試合 575打数173安打 打率.301本塁打19 打点101 盗塁13 四球66 出塁率.373 長打率.475 OPS.848

通算成績(NPB):2211試合 7484打数2090安打 打率.279 本塁打138 打点828 131盗塁 四球1047 (2004年〜2020年 実働17年 ※2021年現在現役)

負担の大きい遊撃手というポジションながらとにかく試合に出続けることにこだわり、多少の怪我や疲労では休まない姿勢は当時の阪神タイガースになくてはならない存在でした。

2010年には遊撃手としては史上最多の104打点を挙げ、本塁打こそ30本に到達することはありませんが、選球眼が良いため出塁率が非常に高く、また勝負強い打撃で素晴らしい中距離打者としてまた、同時代に中日の井端弘和、ヤクルトの宮本慎也という非常にレベルの高い遊撃手とゴールデングラブ賞を争いました。

毎年安定した成績を残し続け、結果的に阪神タイガースで2000本安打を達成しました。

現在は千葉ロッテマリーンズへ移籍し未だに現役としてストイックな姿は若い世代の刺激となることでしょう。

【外野手】

真弓明信(太平洋クラブライオンズ・クラウンライターライオンズ→阪神タイガース)

引用元:https://www.nikkansports.com/baseball/column/takahara/news/201901160000010.html

キャリアハイ:1983年 112試合448打数158安打 打率.353 本塁打23 打点77 盗塁13

通算成績(NPB):2051試合 6624打数1888安打 打率.285 本塁打292 打点886 盗塁200 (1973年〜1995年 実働23年)

80年代の阪神タイガースの核弾頭として君臨した真弓明信。

1番打者として1985年は34本の本塁打を放つなど当時甲子園球場にラッキーゾーン(ホームランフェンスの手前にフェンス)があったものの非常に脚も使えながらも本塁打も打てるというどの球団も欲しい打者として活躍しました。

通算で292本の本塁打を放ったことも素晴らしいですが盗塁が200個を数えているということも真弓明信の野球選手としての総合力の高さを物語っているのではないでしょうか。

金本知憲(広島東洋カープ→阪神タイガース)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=078-20150601-01

キャリアハイ:2005年 146試合 559打数183安打 打率.327 本塁打40 打点125 出塁率.429 長打率.615 OPS1.044

通算成績(NPB):2578試合 8915打数2539安打 打率.285 本塁打476 打点1521 167盗塁 (1992年〜2012年 実働21年)

1492試合の連続フルイニング出場の世界記録を樹立し、骨折しても片手でバットを振りヒットを放つ離れ業をやってのけるなど、怪我を押してでも出場し続けるタフネスぶりで球界をリードしてきたレジェンド金本知憲。

連続出場だけではなく、通算で476本塁打、2539安打を記録しており、打者として素晴らしい成績を残してきました。

また、広島カープから阪神タイガースへFA移籍してからは、これまで弱小球団だった阪神タイガースをプレーと姿勢で若手へ示し、阪神を強いチームへと変えたうちの1人が金本知憲でしょう。

2000年にはトリプルスリーも達成しながらも意外ながらも打撃のタイトルは2004年の打点王のみの獲得です。

しかしながら浜風の吹く左打者に不利だと言われている広い甲子園を本拠地としながらも2005年に40本塁打を放つなど、当時の阪神にとってはいないとチームの順位へ大きく影響してしまうほど絶大なる存在感のある選手でした。

赤星憲広(阪神タイガース)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20190301-11

キャリアハイ:2005年 145試合601打数190安打 打率.316 本塁打1    打点38 盗塁60 三塁打9

通算成績(NPB):1127試合 4330打数1276安打 打率.295 本塁打3 打点215 三塁打36 盗塁381 (2001年〜2009年 実働9年)

走りに走って走りまくった記録もさることながら、2000年代の阪神タイガースの絶対的斬り込み隊長として活躍した赤星憲広。

大学、社会人を経て、プロ入りし打撃ではほとんど期待されていなかったようですが、そんな前評判を覆し1年目となる2001年から規定打席に到達し打率.292、盗塁39個で盗塁王を獲得し、新人王を獲得しています。

その後も、3割前後のハイアベレージを残し続け、現役9年間で5度の盗塁王にも輝いています。

守備面では外野手として肩はそれほど強くないものの走力を活かし、縦横無尽に外野を駆け回り、6度ゴールデングラブ賞を受賞しています。

しかし、ダイビングキャッチや常に全力でプレーする姿勢が仇となってしまい、日常生活ですら危うくなるという首の怪我で現役を引退しました。

赤星憲広の脚力以上に、全力でプレーする姿や姿勢に感動した野球ファンも多いのではないでしょうか。

【代打】

桧山進次郎(阪神タイガース)

引用元:https://www.iza.ne.jp/kiji/sports/photos/131013/spo13101322220061-p1.html

キャリアハイ:2004年 130試合468打数143安打 打率.306 本塁打18    打点84

通算成績(NPB):1959試合4863打数1263安打 打率.260 本塁打159 打点707 (1992年〜2013年 実働22年)

通算代打成績:661打数158安打 打率.240 本塁打14 打点111 二塁打32 三塁打4

阪神には歴代、マスコミのおかげもあってか桧山以前に八木裕が代打として存在感を放っており「代打の神様」と呼ばれたことが関西だけではなく全国各地で代打で優秀な選手がこう呼ばれることもあります。

桧山進次郎のキャリアをみると、決して常に代打専門であったという訳ではなく2003年、2005年の優勝時にはレギュラーもしくは準レギュラーとしてチームに大きく貢献しています。

しかし、代打に回ってからは印象に残る場面での活躍がその成績以上に印象深く、阪神の生え抜きの超人気選手ということも手伝い、その存在感で試合の雰囲気が変わっていました。

阪神タイガース歴代ベストナインで勝手にオーダーを組んでみた

今回じょへーが選出した阪神タイガースのベストナインでオーダーを勝手に組んでみました。

1.(右)真弓明信

2.(中)赤星憲広

3.(三)掛布雅之

4.(一)ランディ・バース

5.(左)金本知憲

6.(二)岡田彰布

7.(遊)鳥谷敬

8.(捕)矢野輝弘

9.(投)江夏豊

中継ぎ:久保田智之

抑え:藤川球児

代打:桧山進次郎

やはり1985年の日本一、2003年、2005年の優勝時あたりのメンバーが非常に多いですね!そして豪華です。

こんなオーダーと投手陣がいれば監督は楽でしょうね。

人気球団なのに勝てないと言われている阪神タイガースですが、優勝年度以外にも暗黒期を除くとそう悪くない成績でシーズンを終えているのですが、それでもやはり外野の声が厳しいが故でしょうか。。。

ベストナインはやっぱりその人の「好み」と「どの時代の野球を見てきたか」で大きく変わると思いますがなるべくそのチームで在籍した年数や貢献度、通算成績を総合的に判断して実際のプレーを見ていない選手でもデータなどから選出するようにしています。

皆様が選ぶ阪神タイガースの歴代ベストナインはいかがでしょうか?

コメントもどしどしお待ちしております!

最後まで読んでいただきましてありがとうございました( ^ω^ )

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デッチ
デッチ
6 months ago

真弓さんが阪神の現役時代に、元実家の洋服店にスーツのオーダーに来店した時に、採寸の際に、太腿の周囲が100cmを超えていたのを思い出しました。太腿以上に驚きは驚異の尻周りでしたね。この二つの筋肉量が真弓選手の1番バッターとして出塁率が高い事の証でも有りました。腰の回転でフルスイングして、脚力を活かした走塁、盗塁も見事な選手でした。
監督際に采配はともかくとして、ゴルフの腕前を推進して行ったのはあの腰、尻が物語っています
何故に、阪神の選手が村山さんを始め、実家に足を運んでくれたのは実母の弟であり、スポニチの部長迄に出世した、五井一郎叔父の御助力に拠る処が大きいですが、小学生時代はモロに阪神の選手の出入りが多かったのは子供心に凄いなぁと。
昔の宣伝の花形はセスナ機に拠る、空からのビラでしたが、今ではSDGsの観点からもっての外の、広告媒体でしたが、空から舞うチラシは圧巻に、スポニチの叔父の伝も有り、優雅な子供時代を過ごしていましたね。身体に障害が有った分を跳ね飛ばす、良き時代でした。
往年の阪神オールスターを掘り起こしてくれて、有り難う御座いました。本日は甲子園にて、巨人戦ですが、サンズのホームランも有り、只今の得点は6回の裏、阪神の6点に対し、巨人の1点と。