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プロ野球ベストナイン

【横浜DeNAベイスターズ】プロ野球各球団歴代ベストナイン選んでみた

長い歴史を持つプロ野球ですが、その歴史の分だけ、各球団にも歴史があります。

長い歴史の中で様々な名プレーヤーが誕生してきたプロ野球界なので、是非その選手とチームの偉大な歴史にもう一度スポットライトを当てていきたいということでこの記事を書いてみました。

題して、「プロ野球各球団歴代ベストナイン編!!」

ということで今回は、横浜DeNAベイスターズの歴代ベストナイン(じょへー独自)を紹介していきたいのですが、

横浜の場合は、

大洋ホエールズ→大洋松竹ロビンス→洋松ロビンス→大洋ホエールズ→横浜大洋ホエールズ→横浜ベイスターズ→横浜DeNAベイスターズ

と球団名やオーナー会社が変わってきた歴史があるため、これらの球団の歴代プレーヤーから選出して記載していきたいと思います。

横浜DeNAベイスターズ歴代ベストナインはこれだ!

【先発投手】

平松政次(大洋ホエールズ→横浜大洋ホエールズ)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20181206-10

キャリアハイ:1970年 51登板 25勝19敗 332.2回     防御率1.95 182奪三振 WHIP0.88(沢村賞)

通算成績(NPB): 635試合 201勝196敗16セーブ 3360.2回     防御率3.31 2045奪三振 WHIP1.20 (1967年〜1984年 実働18年)

「カミソリシュート」と呼ばれるシュートを武器にお世辞にも強いと言えなかった当時の大洋で200勝を達成し名球会入りを果たした。

そのシュートを武器に巨人キラーとして巨人戦51勝は金田正一の65勝に次ぐ歴代2位の成績であり、通算201勝の約4割は巨人戦から挙げているということになります。

一昔前のプロ野球界には分業制という言葉はあまり浸透しておらず、キャリアハイとして挙げられる1970年には332.2イニングという現代ではありえない投球回数を投げています。

平松を超える先発投手が今後の横浜に現れるのかというところが非常に楽しみですね。

【中継ぎ】

盛田幸妃(横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ→近鉄バファローズ・大阪近鉄バファローズ)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20190917-10

キャリアハイ:1995年 57登板 8勝4敗5セーブ 73.0回     防御率1.97 60奪三振 WHIP1.26

通算成績(NPB): 345試合 47勝34敗29セーブ 613.0回       防御率4.05 434奪三振 WHIP1.38 (1988年〜2002年 実働14年)

横浜、大洋で数少ない年数ながら強烈なインパクトを残したのは盛田ではないでしょうか。

150キロを超えるストレートに生命線のシュートを武器にとにかく打者を打ち取りました。しかしながら、剛腕投手というカテゴリーの中でも三振数が投球回数を上回る事はなく、シュートを武器に相手打者を討ち取るというスタイルであったことがわかります。

特に巨人在籍時代の落合博満が当時一番嫌な投手として盛田の名前をあげていたほどであり、(対戦成績は50打数9安打 打率.180)強烈なインパクトを当時のセリーグに残しました。

1998年からはトレードで近鉄へ移籍しましたが髄膜腫と呼ばれる病気が発見されながらも懸命のリハビリの末に見事に復活を果たし、2001年にカムバック賞を受賞しました。

現役引退後は横浜の球団職員を務めるなどしていましたが、引退後も病気に悩まされ、2015年45歳という若さでこの世を去りました。

彼が球界に残したインパクトは非常に大きく野球ファンの心に永遠に残り続ける事でしょう。

【抑え】

佐々木主浩(横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ→マリナーズ→横浜ベイスターズ)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20190917-10

日本時代キャリアハイ:1998年 51登板 1勝1敗 56イニング 防御率0.64 78奪三振 45セーブ WHIP0.80

通算成績(NPB): 439試合 43勝38敗252セーブ 627.2回  防御率2.41 851奪三振 WHIP1.01 (1990年〜1999年,2004年〜2005年 実働12年)

通算成績(MLB): 228試合 7勝16敗129セーブ 223.1回  防御率3.14 242奪三振 WHIP1.08 (2000年〜2003年 実働4年)

「大魔神」という代名詞で横浜の絶対的抑えのエースとして君臨した佐々木主浩。1998年の横浜ベイスターズが日本一に輝いた際も佐々木の活躍なくしてあり得なかったでしょう。

特に各バッターが苦しんだフォークボールを武器にNPBで252セーブ、MLBで129セーブ日米通算で381セーブを挙げました。

今も尚、佐々木主浩のフォークは凄かったという元選手も多くそれ以上に成績をみていくとキャリアハイを挙げた1998年は防御率0.64と佐々木が登板した9回にリードを許していると相手チームはどうにもならないという状況であったと言えます。

近年は160キロを投げるリリーフ投手も増えてきましたが、私じょへーが野球をみてきた中で無敵感があったのはやはり佐々木でしょう。

また近年では山崎康晃など新たな抑え投手が出てきており、佐々木を超えるような記録を残してくれるのかどうかに注目してみていきたいですね。

【捕手】

谷繁元信(横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ→中日ドラゴンズ)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20180509-10

キャリアハイ:1996年 127試合 380打数114安打 打率.300 本塁打8  打点54

通算成績(NPB):3021試合 8774打数2108安打 打率.240 本塁打229 打点1040(1989年〜2015年 実働27年)

1998年横浜優勝の立役者の1人である谷繁。

プロ野球を見る時期によっては2002年から中日ドラゴンズへ移籍している為、鉄壁を誇る中日の奥義の要という印象を持つ人も多いのではないでしょうか。

しかし横浜の歴代のキャッチャーをみていてもやっぱりベストナインに入ってくるのは谷繁だろうということで選出させていただきました。

盗塁阻止率トップに5度輝いている上に当時はヤクルトに古田敦也という非常にハイレベルな捕手がおり、セリーグ全体でも捕手は打って守れるものという近年のプロ野球では非常に珍しい打てる捕手のうちの1人が谷繁でした。

特に若手の時代に佐々木主浩のフォークのワンバウンドが捕れず、レギュラー奪取に際し猛練習した話や、27年間の現役を続けてこられただけの練習量など、高校生から鳴り物入りで入団してきたとはいえ、谷繁自身が積み上げてきた努力なしではこれだけの成績は残らなかったでしょう。

【一塁手】

松原誠(大洋ホエールズ・横浜大洋ホエールズ→読売ジャイアンツ)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20180929-10

キャリアハイ:1977年 129試合 516打数146安打 打率.283 本塁打34  打点110

通算成績(NPB):2190試合 7579打数2195安打 打率.276 本塁打331 打点1180(1962年〜1981年 実働20年)

私じょへーは1989年生まれなので松原誠の現役時代は本当に知りません。数字上でしか語れないところは非常に残念なのですが、現役時代の最終年の1年間を除いてはずっと横浜大洋でプレーして、2000本安打も達成しています。

松原が横浜大洋で残した通算2081安打、通算330本塁打、通算1172打点は2021年現在も球団記録として残っている横浜のレジェンドです。

一塁手の選出にあたり、駒田徳弘も個人的な候補に挙がりましたが、プレー年数、横浜での通算成績を踏まえると松原誠を選出するということになりました。

【二塁手】

高木豊(横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ→日本ハムファイターズ)

引用元:https://sp.baseball.findfriends.jp/player/%E9%AB%98%E6%9C%A8%E8%B1%8A/

キャリアハイ:1984年 117試合 443打数133安打 打率.300 本塁打11  打点39 盗塁56

通算成績(NPB):1628試合 5782打数1716安打 打率.297 本塁打88 打点545 盗塁321(1981年〜1994年 実働14年)

キャリアハイ、通算成績をみてもどの球団も欲しがるような俊足、巧打、堅守の二塁手として長きに渡り大洋、横浜で活躍をしてきました。

特にセカンド守備としては1987年に二塁手として守備率.997を記録し、2020年に広島の菊池涼介に抜かれるまで長らくプロ野球記録として君臨してきました。

ホームランこそ多くはないものの常に3割程度の打率を残し1991年にはキャリアハイとなる.333をマークし名実共に大洋、横浜の顔としてチームに君臨し続けました。

現役終盤は年俸での球団の対立もあり、フィールド外でやや負担を抱えてしまったのか1994年に日本ハムへ移籍したのちその年限りでユニフォームを脱ぐことになってしまいました。

2000本安打までもあと一息というところまで来ていましたが惜しくも達成はなりませんでしたが、大洋、横浜のセカンドと言えば高木豊の名前が挙がるのは間違いないでしょう。

また、Youtubeでも常にプロ野球界の情報を発信し続け、いつまでも野球に携わり続ける姿勢は野球人であるという生き様を感じさせてくれます。

【三塁手】

村田修一(横浜ベイスターズ→読売ジャイアンツ)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20171226-11

キャリアハイ:2008年 132試合 489打数158安打 打率.323 本塁打46  打点114 出塁率.397 長打率.665 OPS1.062

通算成績(NPB):1953試合 6925打数1865安打 打率.269 本塁打360 打点1123 (2003年〜2017年 実働15年)

暗黒時代の横浜時代に主軸として活躍してきた村田修一。優勝に絡まない苦しみに耐えながらも2007年、2008年に本塁打王獲得など横浜在籍時代は常に長距離砲として活躍してきました。

守備の面でもゴールデングラブ賞に三塁手として3度獲得し、打撃面のみならず守備の面でも非常にレベルの高い選手でした。

2012年にFA制度によって巨人へ移籍しましたが、2003年から2011年まで名実共に横浜の顔として君臨し続けた印象は今も忘れられません。

2000本安打まで残り135安打と残り1、2年で達成出来そうなところまできたものの2017年終了後に戦力外通告を受け、所属先が決まらず独立リーグの栃木コールデンブレーブスでプレーしましたがNPB球団からのオファーもなく惜しまれながら引退となりました。

【遊撃手】

石井琢朗(横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ→広島東洋カープ)

引用元:https://sp.baseball.findfriends.jp/player/%E7%9F%B3%E4%BA%95%E7%90%A2%E6%9C%97/

キャリアハイ:1998年 135試合 555打数174安打 打率.314 本塁打7   打点48 39盗塁

通算成績(NPB):2413試合 8638打数2432安打 打率.282 本塁打102 打点670 (1989年〜2012年 実働24年)

※投手通算成績 28登板 1勝4敗 49.0回 防御率5.69 23奪三振 WHIP1.88(1989年〜1991年 実働3年)

1998年横浜の日本一のリードオフマンとして活躍した石井琢朗。

投手として1988年ドラフト外で入団し、入団当初は投手として3年間プレーしましたが1992年から本名の石井忠徳から石井琢朗へ登録名を変え内野手へ転向。

そこから2432本安打を重ね、名球会へ遊撃手として入った横浜だけではなく日本プロ野球史に残る選手でした。

ゴールデングラブ賞は合計4度授賞し(1993年から1995年は三塁手、1998年は遊撃手)盗塁王も4度獲得し、走塁、守備の面でも投手から転向した選手ながら球界を代表する選手として活躍しました。

個人的に印象深いシーンは1998年の西武との日本シリーズでエース西口文也からセーフティーバントを成功させそこから横浜は波に乗り一気に日本一に輝いたあのシーンがあります。

現役晩年の4年間は広島へ移籍し経験豊富な貴重なベテランとしても活躍し、その後打撃コーチとして様々な球団を渡り歩いていますが、そのコーチとしての手腕も評価が非常に高いようでプレーヤーとして退いた現在でも野球ファンへその存在感も今も尚放っている存在です。

何はともあれ、1998年当時の横浜の石井琢朗はパリーグ西武松井稼頭央と並び、球界を代表する遊撃手としてとにかくかっこよかったです。

【外野手】

筒香嘉智(横浜ベイスターズ・横浜DeNAベイスターズ→レイズ)

引用元:https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=106-20191202-01

キャリアハイ:2016年 133試合 469打数151安打 打率.322 本塁打44   打点110 出塁率.430 長打率.680 OPS1.110

通算成績(NPB):968試合 3426打数977安打 打率.285 本塁打205 打点613 (2010年〜2019年 実働10年)

通算成績(MLB):51試合 157打数31安打 打率.197 本塁打8 打点24 (2020年 実働1年)

現在もバリバリの現役選手としてキャリアを積み上げている筒香嘉智。

2009年横浜ベイスターズへ横浜高校からドラフト1位で入団し1年目にプロ初本塁打を記録するなど、大いに期待を集めましたが、2012年(低反発の統一球時代)の3年目に規定打席に到達しましたが翌年は僅か23試合の出場に終わりました。

5年目の2014年に打率.300、22本塁打を記録すると一気にブレイクし、2016年には本塁打王、打点王を獲得し、打率も.322を記録し、一気にチームの顔になりました。

その後も活躍を続けましたが2019年オフにポスティングでのMLB移籍を挑戦し、タンパベイレイズに活躍の場を移しました。

2020年はコロナウイルスの影響で本来の調子とはいかず今一つの成績に終わりましたが、今後とも日米で大暴れする事間違いなしの選手に注目したいですね。

鈴木尚典(横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ)

出典:ベースボールマガジン社

キャリアハイ:1998年 131試合 514打数173安打 打率.337 本塁打16   打点87

通算成績(NPB):1517試合 4798打数1456安打 打率.303 本塁打146 打点700 (1991年〜2008年 実働17年)

1998年横浜日本一のマシンガン打線の中軸として中距離打者として打率、長打共にハイレベルな成績を残し続けてきた鈴木尚典。

守備面でやや不安はあったものの、首位打者にも2度輝いており、当時の鈴木尚典の活躍からすると通算安打は1456安打という成績は意外と感じる方もおられるでしょう。

2000年代に入りやや不調に陥った事もありそこからなかなか本来の打撃が戻らないまま引退となってしまいましたが、独特の打撃フォームから放たれるヒットやホームランでファンを魅了してきました。

金城龍彦(横浜ベイスターズ・横浜DeNAベイスターズ→読売ジャイアンツ)

引用元:https://www.hamaspo.com/s-yoko-page/clubvols01

キャリアハイ:2005年 144試合 590打数191安打 打率.324 本塁打12   打点87

通算成績(NPB):1892試合 5927打数1648安打 打率.278 本塁打104 打点592 (1999年〜2015年 実働17年)

1998年ドラフト5位で社会人時代までは投手として150キロを超えるストレートを持っていたが野手として入団した金城龍彦。

どんな球にも食らいつくその打撃スタイルから「野生児」という異名を持つなど両打ちでありその独特な打撃フォームで横浜を代表する外野手として活躍しました。

プロ2年目の2000年に彗星の如く現れ、打率.346で首位打者と新人王に輝きスター選手としてのキャリアをスタートしたかに思えたが翌年以降は打撃不振に悩まされましたが2003年に規定打席に到達し打率.300を記録し復活を遂げました。

キャリアハイの成績を残した2005年の翌年2006年にはWBCの日本代表にも選出され、球界を代表する選手として活躍しました。

横浜歴代ベストナインでオーダーを勝手に組んでみた

今回じょへーが選出した横浜のベストナインでオーダーを勝手に組んでみました。

1.石井琢朗(遊)

2.高木豊(二)

3.松原誠(一)

4.筒香嘉智(右)

5.村田修一(三)

6.鈴木尚典(左)

7.金城龍彦(中)

8.谷繁元信(捕)

9.平松政次(投)

中継ぎ:盛田幸妃

抑え:佐々木主浩

素晴らしい布陣ですね!

しかしながら外野守備については筒香と鈴木尚典がレフトという事もあり、ポジションが被ってしまったので総合的に判断して鈴木尚典より筒香の方が守備能力が高いと判断したので無理矢理ライトにしています。

球団名こそ変わりましたが横浜という球団自体は長い歴史があり、セリーグの中では優勝から遠ざかりがちなチームとなっていますが、運営母体がDeNAに変わりファンサービスなどへ積極的に力を入れている為現在は12球団でも有数の人気球団へと変わりつつあります。

横浜が常に最下位という定位置にいるよりも優勝争いをしてくれた方がファンとしても白熱した戦いがみられるので今後の横浜DeNAベイスターズの躍進に期待したいものです。

最後に、球団名が何度も変わっているので、横浜と呼称すべきかどうか非常に戸惑いました。。。

皆様が選ぶ横浜の歴代ベストナインはいかがでしょうか?

コメントもどしどしお待ちしております!

最後まで読んでいただきましてありがとうございました( ^ω^ )

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